第七篇 変革の序曲

T すれ違う視線
著者:shauna


 顔が分かってる以上、指定された人物を探すのはそれほど難しいことでは無い。そして、今回もまた、幻影の白孔雀・・シルフィリアの居所はすぐにわかった。
 フェナルトシティ郊外に位置する洋館。役所で調べたところ、現在オディナ家というフェナルトシティ元領主の屋敷で現在は誰も住んでいないがもう少し熱くなるとオディナ家が別荘として毎年利用するらしい。
 しかし、いつもなら誰もいないはずのこの時期にここ一週間程は屋敷の窓から明かりが漏れているのを近所の住人が何度か確認している。
 そして何よりも、驚くほど綺麗な白髪の少女がこの屋敷に出入りしているという話を数人から聞き、時切絵を見せたところ、この少女で間違いないという。

 そして時刻はすでに21時を回ろうという宵闇の中。
 ほんのりと明かりの灯る屋敷の陰に溶けるようにサーラとロビンは時期を待っていた。

 まずは確認。相手が屋敷の中に居なければいくら魔道学会と言えど、住居不法侵入だ。極秘任務であるため、逮捕状を裁判所に申し出ることもできないからである。

 静かに時刻は流れ、張り込みを始めてからすでに一時間が過ぎようとしていた。

 「サーラさん。あれ・・」

 ロビンが不意にバルコニーを指差した。
 サーラが目を細める。
 
 屋敷の玄関の上に造られたバルコニーの上。
 そこで後ろに手を組んで一人の少女が談笑していた。
 すぐにローブのポケットから時切絵を取り出して見比べる。
 遠眼ではあるが、白い髪にサファイアブルーの瞳。間違いない。
 「あれが・・・幻影の白孔雀“シルフィリア”・・」
 見れば見る程普通の女の子だ。ハッキリ言ってあれがかつて大陸を震撼させた伝説の魔術師には見えない。いや、年齢から考えて例えば“14代目幻影の白孔雀”とかなのだろうが、明らかに自分より魔法を上手く使いこなせるように見えないのだ。
 なにやら話をしているようだが、相手の顔は見えない。
 それはシルフィリアの話相手がこちらに背を向けている為であるが、長い金髪からおそらく女性であることを推測する。
 
 「とりあえず居ることは確認しましたね。」
 
 とロビン。
 「いい。予定通り、戦闘はあくまで最終手段。できることなら任意同行で魔道学会に連れていこう。」
 「はい。」
 2人はゆっくりと相手に見つからない様に屋敷の玄関を目指し、そして入口のベルを鳴らした。
 
 カランカランッというベルの音と共に緩やかな足音がこちらに近づいてくる。
 
 そして、両開きの屋敷の扉が片方だけ少し開き・・
 
 「どちらさまですか?」
 
 黒髪のネコミミメイドがニコやかに対応した。
 「夜分遅くにすみません。魔道学会の者です。こちらにいらっしゃるというシルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリア様に少々お話がございますので御取次願えますか?」
 サーラの問いにネコミミメイドは「失礼ですがどのようなお話でしょう?」と問い返してきた。
 「実はフェルトマリア様に強盗、及び強盗予備の容疑が掛かってまして。彼女の容疑を晴らすためにもぜひご同行願いたいのですが・・」
 ロビンの回答にサーラも頷いた。ネコミミのメイドは「畏まりました。」と頭を下げる。
 
 それからしばらくして戻ってきた彼女は2人を屋敷の中に招き入れた。
 
 まず目に飛び込んで来たのは贅を尽くした深紅の絨毯に大理石の胸像のある3階まで吹き抜けのエントランス。その中央まで歩いて行くと
 
 「ようこそいらっしゃいました。サーラ・クリスメント様、ロビン・ゴールドウィン様。」
 
 不意にした澄んだ声に2人は首を動かさないまま視線を彷徨わせ、ほぼ同時に二階の渡り廊下部分に佇む少女の姿を見つけた。
 両手を後ろに組んでにこやかにこちらを見下ろしている。
 
 「と、言いたいところですが・・・」
 
 少女の微笑みが一気に作り笑顔に変わる。
 
 「残念ながら招待した覚えはありませんよ。」
 
 体を透過するとてつもない殺気。それはビリビリと空気が振動する程で、直接向けられたら小さな子供や小動物なら泣き出すかもしくは逃げ出すことはまちがいないだろう。
 「魔道学会です。シルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリア様。フェナルトシティ国立図書館からの資料強盗、及び、この町に眠る秘宝“水の証”の強盗予備の容疑であなたに任意同行を求めます。応じていただけませんか?」
 「お断りします。」

 これ以上ないぐらいの即答だった。

 思わずサーラが言い返す。
 「なっ!断るって!!」
 「逮捕ならともかく確か任意同行は断ることも出来ますし、例え同行したとしても本人の意思でいつ何時でも帰ることができる。そうですよね。そちらの魔道学会の方?」
 ロビンは黙って頷いた。
 「では、お引き取りください。わざわざの御足労ありがとうございました。」
 そう言ってシルフィリアはスッと背を向ける。
 
 「ロビン君。仕方ないよね。」
 サーラの発言にロビンもコクッと頷いた。
 
 「不均衡音波(クラッシュ・ノイズ)!!」
 
 ロビンの杖から黒い光線のようなものがシルフィリアに向かって飛んだ。
 シルフィリアはそれを体を捻る様にしてかわし、行き場を失った魔術はシルフィリアの手前の壁を破壊する。
 
 「どういうつもりです?」
 
 シルフィリアが無表情で振り返る。
 そんな馬鹿なと驚愕するロビン。
 確かに不意打ちだったはずだ。それを軽々避けるなんて・・・しかし、それに反してサーラの顔も険しくなる。今ので良く分かったのだ。前言撤回。この少女・・間違いなくあの“幻影の白孔雀”だ。
 「どうしても来てもらわなくちゃならないの。こっちにも事情があるから・・・」
 「なるほど・・・」
 シルフィリアが真っ直ぐに左腕を伸ばす。

 「”来い メルディン(アクシオ メルディン)”」

 シルフィリアの左手が輝き、杖を呼び出す。中央にヒールストーンを有する自分と同じヒールロッド。だが、その形状は明らかにあいつらの方が優れている杖である事を示していた。中央にある大きなヒールストーンだけでなく、柄にももう一つヒールストーンを有し―ただでさえ高価だと言うのにそれを2つも・・―さらに中央のヒールストーンを囲むように楽器のような装飾がなされている。
 「つまりこういうことですね。」
 シルフィリアからの殺気がさらに強くなる。

 「あなた達2人は・・私の敵である。」

 そう言った途端2人の後ろの玄関の扉をネコミミのメイドが閉じた。
 そして、

 「来い、ロムルス(アクシオ ロムルス)」

 右手が光り、出現させたのは豪華なハルバート。長さは2mぐらいだろうか? とにかく、これで状況は一変した。目の前の白孔雀と後ろのネコミミメイド。
 最強の力と未知の力。どちらに対抗するかなど愚問だ。
強いて言うならどちらも危うい。
 
「安心なさい。そのメイド“セイミー”があなた方を襲うことはありません。」
 
シルフィリアの発言に2人は「え?」と顔を見合わせる。
 「セイミーはあくまであなた方が逃げ出さない為の門番。ここから先は・・・」
 杖を滑らかに回転させ、シルフィリアが攻撃態勢を取った。
 
「私がお相手仕ります。」
 「っ――!!」
 思わずロビンが絶句する。直接向けられているとはいえ、なんなんだ…この異常なまでに禍々しい殺気は・・・弱い闘士ならこれだけでも気にあてられて気絶するかもしれない。
 
 「岩石降来(ロック・プレス)」
 
 容赦なくシルフィリアが繰り出した魔術で頭上から無数の岩が降り注ぐ。
 が、2人は上手くサイドステップしてそれを避けた。
 
 「体内浄化(ピュアラル)!」
 
 サーラが自分とロビンの眠気等を完全に吹き飛ばす為に術を唱えた。
 そして、
 
 「岩石降来(ロック・プレス)!!」
 
 同じ呪文でシルフィリアに応戦する。
 
 「闇の盾(ダークシールド)・・・」
 
 シルフィリアの頭上に出現する大きな闇の盾・・・
 しかし、所詮は初級魔術。岩石降来(ロック・プレス)の方が威力が高い。したがって闇の盾(ダークシールド)は簡単にヒビが入り、撃ち砕ける。
 岩は再びシルフィリアの頭上から降り注いだ。
 
 「冥魔破砕拳(ヘルズ・クラッシュ)・・・」
 
 シルフィリアの手が緩やかに動く・・・そして・・・柔らかな動きと共に舞踏を始める。艶やかかつ清廉で優麗な舞い・・・。しかし、その手で触れた岩は次々に破壊されていく・・・
 
 「隙有り!!」
 
 刹那・・・後ろに回り込んだロビンがロングソードで斬りかかる。
 シルフィリアは体制を低くしてそれを回避・・・そして・・・
 「なるほど・・・魔法剣士ですか・・・」
 シルフィリアが大きく何かを握り締めた手を振るう。
 
 「ガハァ!!」
 
 ロビンの悲鳴が響いた。
 そのまま二階の渡り廊下から落下するも、なんとか体制を立て直し、上手く着地するロビン。
 「気をつけてください!!」
 ロビンが叫んだ。
 「あれは・・たぶん『炎の魔剣、レーヴァテイン』。」
 「レーヴァテイン!?」
 「鞘に収めることでその姿を透明にできる神代の魔法具です。」
 「そんな!!」
 
 2人が相談している間にもシルフィリアが攻撃の手を休めることはない。ロビンがスッと眼を向けるとすでに次の詠唱は終了している様だった。
 そして・・・シルフィリアの魔法を見てロビンが固まる。
 
 「な・・なんだ・・あれは・・・」

 シルフィリアは何も無い状態で弓を引く姿勢をとっている。しかし、その僅か数メートル横で・・巨大な弓がその動きにシンクロして絞られているのだ・・。

 「精霊魔術でも・・超魔術でもない。あんな技・・見たこと・・」

 「白き死神(ヴェラーヤ・スミェールチ)」

 シルフィリアが矢を射る。隣の弓から矢が真っ直ぐにこちらに飛んできた。

 「避けて!!」

 サーラが叫び、2人はお互いに左右に飛び込むように身をかわした。しかし・・

 「グァアアアアァアアア!!!」

 ロビンの巨大な悲鳴が響いた。

 そんな!!左足に矢が直撃している。馬鹿な!!ちゃんと避けたのに!!
 
 「この世に再び現れし・・・」
 「不均衡音波(クラッシュ・ノイズ)・・・」
 
 ラズラヒールを唱えようとしたサーラにシルフィリアが追い打ちをかける。間一髪でかわしていなければ勝負が決まっているところだった。
 「クッ!!」
 柱の陰に隠れながらサーラは再び、ラズラヒールを唱えようとする。
 
 「この世に再び現れし・・・」
 「闇の矢(ダーク・アロー)・・・」
 
 シルフィリアの呪文の声に再びサーラは身をかわす。
 ―ダメだ!!相手の方が呪文を唱えるのが早い・・仕方無いか・・―
 
 「回復術(ヒーリング)! !」

 サーラは短く呪文を唱え、ロビンの怪我を治療した。 
 「青炎(ブルー・フレイム)」
 シルフィリアが飛ばしてきた魔術を避けてなんとかロビンもサーラの居る柱の影までたどり着いた。
 「ウゥッ・・ありがとうございます・・・」
 悔しさと未だ治りきらぬ傷の痛みに顔を歪めるロビン。
 
 「気にしないで・・・それより・・・」
 サーラはそっと柱の陰からシルフィリアを見て・・飛んできた闇の矢(ダーク・アロー)に間一髪当たりそうになり、身を引いた。
 
 「どうする? あの人、メチャクチャ強いよ?」
 「幻影の白孔雀・・・噂は本当みたいですね・・・。種類を問わず、様々な魔術を手足の如く使って攻撃してきます・・・。」
 「それだけじゃない・・・。」
 「ええ・・・先程の矢の魔術・・あんな魔術見たことがありません。」
 「あの白い矢の攻撃・・・ロビン君が避けても当たった。つまり、あれは何があろうとほぼ100%当たる魔法と考えるけど?」
 「同感です・・・。」
 「む〜・・・心を読めればもっと楽なんだけど・・・」
 「得意の読心術ですね・・・。」
 「でも、今回は無理・・・相手の心を読むほど集中力を使ってたらその場でヤラれちゃいそうだし・・・う〜!!強過ぎだよ!!シルフィリア!!」
 暫くの沈黙の後、2人が目を合わせる。
 「やっぱ個々に戦っても駄目だね・・・。」
 「ええ・・・なんとかなると思ってましたけど、正直次元が違います。」
 「仕方ないよね・・・。」
 2人は同時に頷いた。
 「相手の力を見るための作戦”A”はここで終了。作戦”B”に移行しよう。白孔雀の唯一の弱点を突く・・・。」
 「はい。」 



 さて、困ったことになった・・とシルフィリアは下のエントランスを見下ろしていた。
 ただ、殺すだけならこれ以上簡単なことはない。
 先程の魔術・・「白い死神(ビェラーヤ・スミェールチ)」で相手の胸の中央・・・つまり心臓を貫けばいいのだ。
 あの技はサーラの予想通り、100%当たる矢の魔法。
 しかし、殺してしまっては元も子もないのだ。
 今、柱の陰でそっとスタンバイしているファルカスはサーラに用があるわけで、自分はあのロビンとか言う魔道士に用がある。
 だから先程から魔法も急所を外して狙っているわけだが。手や足を狙うことになるので必然的に避けやすくなる。
 なんとか良い捕獲方法はない物だろうか?
 シルフィリアはそう考えをめぐらせる。
 でもそれと並行して、”そういえばよく心臓って左胸にあるって思ってる人がいるけど本当は胸の中央にあるんだよな〜”などと無意味なことを考える余裕があるのは実に自分らしいな〜と思ったりもして・・・
 そんなことを考えていると何やら2人の隠れていた柱の裏で動きがあった。
 頭で考えるより先に体が杖を構える。
 そして・・・
 2人が柱の陰から飛び出してくる。
 「愚かな・・・」
 これでは思いきり狙い撃ちされるだけだ。
 シルフィリアは〈闇の矢(ダーク・アロー)〉を2本出現させ、その両足めがけて放つ。
 「ぐっ!!」
 「あぁ!!」
 悲鳴をあげるロビンとサーラ。しかし、足から血を流しているにも関わらず、2人は再び立ち上がりよろよろと走り出す。
 向かう先は・・・
 セイミーが待機している屋敷の出口・・・
 
 「はぁ〜・・・」
 シルフィリアが思わずため息をついた。
 
 ・・・正直言って期待はずれもいい所だ。
 ここまで戦っておいて、敵わないと分かった時点で逃げ出すなんて・・・
 もちろん、それが悪いことだとは言わない。
 逃げるのだってちゃんとした作戦だ。
 
 でも、もう少し足掻いてくれてもいいじゃないか。
 
 せっかく待機させておいたファルカスの乱入による2人の撹乱もこれでは無駄に終わってしまう。
 出口を突破しようと杖と剣を構える2人にセイミーがハルバートを構えた。
 シルフィリアが念話する。
 ―セイミー・・・もういいです。逃げさせてあげましょう―
 ドアの所でセイミーが首をかしげた。
 ―よろしので? ―
 ―これ以上やっても無駄です。私の怖さは十分わかったはずですし、二度と歯向うこともないでしょう―
 ―・・・かしこまりました―
 ―・・・しかし、これでは流石に拍子抜け過ぎます。ある程度の怪我は負ってもらいましょうか・・・―
 シルフィリアが指示するとセイミーは再びハルバートを構え直す。そして・・・
 2人がセイミーの脇を抜けて、出口から外に出ようとしたその時・・
 セイミーがハルバートを一閃させた。
 「あああああああああああ!!!」
 「ああぁあぁあ!!!」
 2名分の悲鳴が大声で屋敷全体に響き渡り、2人の左右の腹部から大量の血が流れ出た。
 それを見てシルフィリアは「はぁ〜」と再び溜息をつく。
 まったく・・・ファルカスから話に聞いていたのとは大違いだ。正直、もっと強くて、もっと手強いかと思っていたのに・・・
 まあ、このまま放っておいたら間違いなく失血死するだろうから、〈回復術(ヒーリング)〉ぐらいは掛けてあげよう・・シルフィリアはめんどくさそうに杖を構え直し・・・回復の呪文を唱・・・ 

 「シルフィリア様!!」
 セイミーの悲鳴じみた声が響いた。
 
 ―なっ・・!!!―
 
 シルフィリアの目が見開かれた。
 ポンッという炭酸飲料のコルクが抜けるような音と共にロビンとサーラの姿が煙に包まれ・・
 チリーンという小気味良い音で2枚の金貨が床に落ちた。

  「ロビン君!!行くよ!!」「ハイ!!」
 
 不意に後ろからした声にシルフィリアも一瞬振り返るのが遅れる。
 
 「『身代わりの金・・』!!!」

 シルフィリアが言い終わる前に2人は胸の前に両手を構える。

 「激流水柱砲(アクアラー・ブラスト)!!」×2

 2人の手から打ち出された巨大な水柱が打ち出され、シルフィリアを襲う。
 「!!!!!・・絶対(ミラージェ)・・・!!!!」
 防護魔法を張ろうとするシルフィリアだが、相手の魔術はすでに唱えられてしまっている。
 
 ダメだ!!間に合わない!!シルフィリアは全身に水を浴びる。

 浴びてしまう。
 
 ―バシャッ!!!!!―

 浴びてしまった。

 全身からポタポタと雫を垂らしながら立ち尽くすシルフィリア・・・

 「あ・・・ああ・・・ああぁ・・」
 
 その顔には終始絶望感だけが漂う。

 「・・・・ひとつ・・・聞きます。」
 床に膝を折ったシルフィリアが項垂れながら問う。
 
 「水を浴びせたのは・・・単なる偶然ですか?」
 「いいえ・・・」
 サーラがはっきりと否定した。

 「知ってたの。水が弱点だって・・・」
 そう・・これこそがあの時、サーラとロビンがシュピアから聞いた弱点だったのだ。
 時間を戻してみるとシュピアはあの時、こう言った。
 
 ―シルフィリアの使う術の中で最も強力だと思われるモノ。それは〈星光の終焉(ティリス・トゥ・ステラルークス)〉という魔術。これは自分を中心とした任意の範囲を完全消滅させる魔術らしく、さらに相手の使った魔力をも再利用できるらしいんだ。しかし、この術は、自分以外の周りのモノ全てを吹き飛ばす魔術。つまり、範囲内に味方がいればおそらく使うことはできないだろう。そして、これが最大のポイントだ。彼女の弱点・・それは水。彼女にとっての水は吸血鬼のそれにすら匹敵するらしい。したがって、彼女と戦う上での条件は、「近くに彼女の味方がいること」そして「彼女の体を最優先で濡らすこと」この2点さえ守っていれば我々にも勝機はある。―

 近くにセイミーが居た時点で一つ目の条件はクリアされていた。
 そして2つ目の条件の為に約半日に渡って綿密な計画を練ったのだ。
 まず、相手の力を見る為に個々に戦う。(と同時に相手に自分達にチームワークが余り無いと思わせ、さらにロビンが極力魔法を使わないことで剣士だと思わせる。)
 そして、ある程度相手の力が分かった所で、身代わりの金貨を使って自分達の分身を作成。
 おそらくシルフィリアはそちらに気を取られるはず・・・何しろ、ミリ単位で正確な分身を作ることが出来るマジックアイテムなのだから・・・。
 そして、シルフィリアがそちらに気を取られている隙に2人でシルフィリアの背後へと近付き、激流水柱砲(アクアラー・ブラスト)でシルフィリアの体を濡らす。

 作戦は見事に成功だった。

 シルフィリアにしてみれば純水でなかったのがせめてもの救いだが、―もし、純水だったらそれこそ今頃、悶え苦しんでいただろう―体が濡れてしまってはもう魔法を使うことはできない。それどころか、普段は魔力で筋力や身体能力を無理矢理アップさせているので、現状では剣すら重くて振れない。
 まさに最悪の状況・・・
 今の自分はそこいらでキャピキャピ騒いでいる女学生と何ら変わらないのだ。いや、普段魔法に頼り切っていることを考えれば体力も筋力もそれ以下・・・端的に言ってしまえば、唯の女の子・・・

 「シルフィリア様。約束通りご同行願えますね?」
 ロビンがそう言ってポケットから手錠を出す。
 「クッ!!」
 シルフィリアが小さく呻いた。
 ―今捕まるわけにはいかない!!何としても・・この命に代えてもやらなくてはならないことがある!!―
 普段よりも数段重い体を何とか動かして、数歩後ろに下がるが、ここは渡り廊下・・すぐに腰に手すりが当たる。
 「シルフィリア様。ご同行願います。」
 ロビンが静かにシルフィリアの手に手錠を掛けようとした瞬間・・・

 「シルフィリア!!飛べ!!」
 
 エントランスから聞こえた声にシルフィリアは即座に反応し、手すりから飛び降りる。
 「なっ!?」
 驚いて手すりに駆け寄るサーラとロビン。
 しかし、いざ手すりに近づいてみると眼下にはそれ以上の驚きの光景が広がっていた。
 
 「ウソ・・・あれって・・・」

 青のローブに同色のバンダナをして腰には新しいロングソードのエアブレードを携えて入るが、あの長い金髪とシャープな顔立ちは間違いなく・・・

 「ファル!!!!!!」

 サーラがその名前を呼んだ。

 「・・・・・」
 ファルカスが頭上のサーラを睨みつける。
 「シルフィリア・・・怪我は?」
 「大丈夫です。ちょっと驚きましたが、体が濡れた以外、実質的ダメージはありません。」
 「オッケー・・・じゃあ、撤退する。」

 「待って!!ファル!!どういうこと!!しっかり説明して!!」

 「魔霧雨(ミスト)・・・」
 
 ファルカスが静かに唱えると同時に彼の足もとから発煙筒を数本束ねた様な量の煙が発生し、辺りを包み込む。
 「ファル!!待って!!ファル!!!」
 「クッ・・烈風刃(エアロ・カッター)!!」
 叫ぶサーラの傍らで適切に判断したロビンが術で霧を吹き飛ばす。
 しかし、そこには既にシルフィリアとファルカスの姿はなく、ただ激しい戦闘で著しく傷ついたエントランスだけがむなしく広がる。
 
 「ファル・・・どういうこと・・教えてよ・・・わからないよ・・・ファル・・・」
 
 月の明かりが落ちる夜空にサーラの悲痛な声だけがただただ響いていた。



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